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2009年1月30日 (金)

七年

Dscn1652母が亡くなってもう七年になります。寒い寒い一月が終わるころ、春を隣に待つころ、母は天寿をまっとうしました。ずっと生きていてほしかった母ですが、母はずっと今も生きています。人のかたちは無くしてしまいましたが、四六時中、人の縁を佛縁を導いてくれているように思います。母が元気で生きていてくれたら、きっと俳句を作ろうという意いは目覚めなかったでしょう。俳句に光を感じたら、その入口に裕明先生の微笑みがありました。愛情をもって人を育ててゆこうとする静かであたたかな微笑みでした。母や先生や友の微笑みは今も光になって行くべき道を照らしてくれます。そして時にまっしろな雪ですべてをきれいにして最初に立ち戻る勇気をくれます。出逢った人たち、花たち、言葉たちは自分次第でずっと生き続けてゆくものです。だからこそ丁寧に生きて行けたらと願う七年目です。

山に雪仏が母の山に雪   平子公一

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2009年1月11日 (日)

うすき目

Dscn1257今年最初の句会参加は「はるもにあ」の新年句会でした。いつものメンバーに新しい人、懐かしい人の顔もみえて楽しく嬉しい句会になりました。句会場の上野の森には木枯らしが吹き、寒さ冷たさが沁みる朝でしたが、青空は澄明なほほえみのように見えました。そして、句会の最後でまあこさんや杏さんが今年の抱負で「健康であること」を言われたときに大きく頷きました。健やかであれば句会にも吟行にも参加でき、公私ともににこやかな日常をおくることができます。冬のきれいな青空は佛のやさしきほほえみなのかもしれません。ほそくうすいまなざしで淡くやさしく弟子たちを見守ってくれているのでしょう。

冬空やもとよりうすき佛の目  田中裕明

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2009年1月 7日 (水)

ひかり

Dscn1778泣いて泣いて泣いてどうして人は想いが溢れ出るの

生きる者すべての涙がやがて河になり 大地を今日も流れてる

                       ~「夜曲」  日野美歌~

またひとつ年をとって47歳になりました。もうそろそろ心落ち着いてもいいように思うのになかなかそうは問屋がおろしてくれません。ただ問屋だのみするのではなく、自分の蔵に入れてあるものをちゃんと見直して、それらの発する声や色や光をちゃんと受け取って、かたちにしてゆかなければいけない。そんな自覚がぽん、とシャンパンをあけたときの気泡のように生まれました。一日でも生きたいと切に思う人がいるなか、漫然と過ごす人もいます。それは意識の差でしかありません。適度な緊張感をゆうるりもって今年を過ごしてゆきたいと思います。これからもご指導のほどよろしくお願い致します。

我映す母のひかりや冬の道    海渡

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2009年1月 2日 (金)

謹賀新年

Dscn1694あけましておめでとうございます。昨年はいろいろお世話になり有難うございました。たくさんの御蔭で無事今年を迎えることができました。本年もよろしくお願い致します。さて日本の太平洋側は晴れ続きのようですが、日本海側は雪つづきのところが多く、初詣をした出雲大社も雪のなかでした。雪やみぞれのなか参道を歩いてゆくと陽射しがすうと降りて青空がにわかに見えてきました。なんだかプチご来光のような感じで有難く拝殿の前で手を合わせることができました。こんなささやかな日常をしっかり続けられることに感謝しながら、はるもにあも4年目、しっかりした歩みを遺せるいちねんにできたらと思います。

石段の変わらぬ堅さ初詣  桂信子

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