触れる
俳句に親しむために、いつのまにかしていること。それは匂うこと、触れることです。以前は視覚と聴覚だけの情報で分かったつもりになっていたのですが、やはり五感で対象を感じ取って初めて季語のまんなかに入ってゆける。そう、思うようになりました。それだけ出会いがうれしいものになって、ひとつ、一人にかける時間の有効性をより強く感じるようになしました。そして今日はやっと、やっと沙羅の花に出会い、触れることができました。何故夏椿というのかも納得。花ごと落ちたその姿は椿そのもの。しかし花びらは羽毛のようであり、柔らかにひろがる蝶の翅のようでもあり、とてもやわらかいものでした。梅雨の雨に濡れながら、その雨を受けるような、はじくような花びらはどこか不思議な異国の伝説を語っているようで、美しい緑の雨が語りにあわせて、妙なる音楽を奏でていました。
雨の沙羅雨あとの沙羅うす月夜 長谷川久々子








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